こぼれ落ちた声に、
耳を澄ませる人。
"I might have been him."
—— 僕が彼だったかもしれない。
―― ガーナ・アクラの夜、25歳の出会い
1981年、ガーナ・アクラ生まれ。建築家の父は野口英世記念研究所の建設のためガーナへ渡り、現地で母と出会った。三兄弟の次男として、首都アクラで幸せな幼少期を過ごす。
6歳のとき、外国人を狙った集団強盗に一家が襲われる。命の危機を感じ、父の故郷である日本へ移住。文化のちがいから家族はばらばらになり、8歳から18歳までの10年間、児童養護施設で育つ。
施設で出会ったのが、ピアノとサッカーだった。「将来この子たちが普通の仕事に就くのは難しいかもしれない」── そう案じた職員たちの願いが、のちの矢野デイビットをかたちづくることになる。
22歳で初めてガーナへ里帰り。25歳のとき、首都アクラで物乞いに来た少年と出会う。その顔は、自分の幼少期にそっくりだった。「僕が彼だったかもしれない」── その瞬間、これまで歩んできた道が、すべてこの出会いのためにあったのだと気づく。
ピアノの弾き語りも、Podcastも、ガーナの学校づくりも、
明星大学の教壇も。すべては、ひとつの願いから生まれている。
──「こぼれ落ちた声に、耳を澄ませる」こと。
ピアノの弾き語りを軸に、Soul・R&Bを基調としたシンガーソングライター活動。ソロのほか、兄・マイケル、弟・サンシローと結成した「YANO BROTHERS」でも活動を続ける。鍵盤に触れたとき、ようやく自分の居場所を見つけた。
Music を見る →『路地裏のひとりごと ── Whispers from the back alley』。世界からこぼれ落ちた、声にならない声に耳を澄ませるラジオ。Spotify/Apple Podcast/YouTubeで配信中。
Podcast を聴く →
ガーナ語で「楽しむ」「喜び」「幸福」を意味する「Enije」。一般社団法人として、ガーナでの学校建設、教員養成、地球大運動会、味の素スタジアムでのチャリティフットサル大会などを通じ、「生まれた場所は、宿命ではない」を実証し続ける。
Enije を知る →
Enijeが建設・運営してきた中学校が、ガーナ政府より「州の最優秀中学校」として正式に表彰されました。
── 教育を柱に、地域に根ざし続けてきた歩みの、ひとつの結晶です。
"人生で出逢う方すべてが、私のゲストです。
縁を、ひとつひとつ、大切に。"